化学プラント建設に従事したいとの夢を持って東燃石油化学に1973年入社。第一SCの拡張計画、C4重合プラントの売却計画、石油樹脂装置の拡張計画などを担当しましたが、ことごとく計画が中止となり、ついたあだ名が「プロジェクトのつぶし屋」。しかし念願かなってPP第二系列の新設プロジェクトに参加でき、機器を最初から設計し、イニシャルスタートアップまで携われたことは、その後の人生の大きな糧となりました。
その後本社に異動し、樹脂製造装置の設備計画、樹脂開発計画に携わり、ひょんなことから、樹脂営業部門も経験。ここでのお客様(トヨタ自動車、日本電装等)対応を学べたことがその後の樹脂部門の合併、転籍の転機に大いに役立ちました。
日本の合成樹脂事業は、経営的に非常に厳しく、東燃化学樹脂部門は日本ポリケムグループに吸収合併されました。日本ポリケムグループは三菱化学、旧日石(現在ENEOS)、昭和電工、チッソ、東燃化学の合成樹脂事業の統合会社です。最初に製造部門を担当し、その後統括部に異動。まったく分野の異なる、購買、物流、システム部門を任されました。ここでは東燃グループの自由闊達さ(上下関係をあまり気にしない風土)を生かし、かなり大胆な改革を行えました。東燃化学では若手時代に重要な仕事を任されチャレンジをさせていただきましたが、この慣習が大変役に立ちました。
会社人生最後は、日本ポリケムの関連会社(フィルム製造・販売会社)に転籍し、消費者への最終製品にかかわることができ、東燃化学、日本ポリケムでの経験の集大成となりました。
65歳で退職後、東燃化学OB会の副会長を9年間担当させていただきました。OB会会員の皆様には大変ご協力いただき感謝しております。OB会会員の皆様から、東燃化学に勤めて良かったとの感想をいただきます。この東燃化学OB会が末永く隆盛を続けられますことを祈っております。
写真-1、2 :十数年続けているスロージョギングのユニホームを着て
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